わたしの3.11

わたしの3.11

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2011年3月11日 PM2:47

わたしは当時働いていた福島県郡山市の病院にいました。

その当時は、大震災の前にも大きな地震が、何度かあったんですよね。

だから、地震が来た時には、「また、地震か」くらいにしか思いませんでした。

 

けれどもしばらくしても収まらず、どんどん強くなっていく揺れ。

本気で机の下に隠れたのは、あれが初めてだった気がします。

机の下に隠れても、揺れが強すぎて、机ごと動くんですよ。必死に机にしがみついていました。

ロッカーや棚が倒れてきたりしていたので、机がなかったら怪我していたと思います。

机の下に隠れるの、本当に大事。

わたしがいた病院は、古いたてものだったので、中廊下が崩壊して落ちたり、壁が崩れたりしました。

とにかく一度は外に避難。

そのあとまだ避難できていない他の病棟の患者さんがいるということで、再度中に入って、避難のお手伝い。

とは言っても、病院は半壊して避難させる場所がないので、隣の運送業者さんの倉庫を貸してもらって、そこにみんなで避難します。

救急車だけでは足りないので、トラックで患者さんを近隣の病院にお送りしたりしました。

本当、イレギュラーですよね。

外は、晴れているのに大粒の雪が降っていて、
空は一面うろこ雲。

sora

非現実的すぎて、世界が終わるのかと思いました。

家族とも全く連絡がとれなかったので、心配しながらも、患者さんの避難のお手伝い。

全然、生きた心地がしなかったなぁ。

無事、家族と合流できてからも、被災は終わりません。

家に帰っても、
電気とおらない。

電気がないとヤバイですね。
ヒーターもコタツもカーペットも何も使えない。

福島の3月は、普通に0℃以下になります。

めっちゃ厚着をして、家族とくっついて寝ました。

これも非現実的。

そのあとは、やっぱり原発事故ですよね。

何が起こっているのか、さっぱりわからないし、
放射線の影響もよくわからない。

わからないづくしの中で、
自分で必死に情報を集めていました。

Twitterがすごい便利だった。
Twitterやってて本当に良かったなぁと思います。

あの体験で、私のネットリテラシーは一気に上がったと思います。

そのあとは、臨床心理士として何ができるのか、というところで、いろいろと活動をさせていただきました。

今クラウドファンディングをしているNPO法人ハートフルハートもそうですし、心理リラクゼーションをするグループで、避難所を回ったりもしました。

【震災から5年】福島の子どもたちに笑顔を!親子をストレスから解放する活動を続けたい!|ファンドレイジングサイト JapanGiving(ジャパンギビング)

この支援団体でホームページ作りを任されて、今まで趣味でやっていたプログラミングが初めて活かされた場でもありました。

臨床心理士とインターネットが、混ざり合ってコラボしたのは、これが初めての体験。

わたしの中で点と点が線になった瞬間でした。

震災がなければ、今の「ここらぼ心理相談」も生まれていなかったかもしれません。

実は、わたしは震災の時、仕事があまり上手くいっていませんでした。

不謹慎かもしれませんが、
わたしは震災によって、主体性を取り戻して、社会の一員としての自信を得ることが出来たのです。

そんなこんなで、そのあともいろいろあって、今は横浜に移り住み、月1、2回の頻度で、福島県の支援活動に行っています。

この5年間は、とても長いようにも感じるし、震災の日を昨日のようにも思い出せます。

わたしの3.11を胸に、これからもわたしは生きていきます。


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